東京メトロ日比谷線全21駅 H02恵比寿駅:父でなく母に立ってこそ、そう想った1991年新宿夜の出来事

恵比寿駅(えびすえき)は、東京都渋谷区恵比寿南一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)と東京地下鉄(東京メトロ)の駅である。渋谷区内の鉄道駅では最も南にある。

駅名の由来 
ヱビスビールを製造・販売していた日本麦酒醸造会社(現在のサッポロビール)の工場がかつて、現在は恵比寿ガーデンプレイスがある場所に存在していた。工場に隣接する山手線上に1901年、ビール出荷専用の貨物駅が開設された。ビールの商標に因み、駅名も「恵比寿」(当初「ゑびす」と表記)と命名される。駅開設当時の地名は「下渋谷」であった。後に、工場周辺を「ゑびす」と呼ぶようになり、1928年に駅周辺の地名も「恵比寿通」と名付けられた。駅前の恵比寿神社は、戦後に成立したものである(駅周辺の節も参照)。

商品名のヱビスと恵比寿ガーデンプレイスのローマ字表記は「YEBISU」であるが、地名と駅名の表記は「EBISU」である。

恵比寿駅 - Wikipedia 

お庭番をすることに決めました

テラリウム、観葉植物、多肉植物を育てる

 観葉植物を育てることが好きでした。

 いまはそういった環境にないので難しいのですが、条件が整ったら、再チャレンジしてみたいと思います。先日、恵比寿アトレにうかがった際、有隣堂に立ちよることが出来た。

 店内は書籍だけでなく、文房具や雑貨なども取り扱っており、目にも楽しく、長居してしまいました。

 テラリウムのコーナーがあり、かわいらしくディスプレイされていました。

 

アトレ有隣堂「はじめての苔テラリウム」

 ムック本も複数ありましたが『はじめての苔テラリウム』というものを購入することにしました。

 ガーデニングというものも以前から興味もあり、“外でなにか”という意識はあまり強くなかったのかもしれません。観葉植物や多肉植物を育てるのも好きだし、花を見るも好きでした。積極的に外に出て何かするというのも得意ではなく、大勢の中で何かするも好きではありません。

 できる限り、外より内が良いですし、これは今に始まったことではなく、幼少期からのことかも知れない。まわりと一致させることが難しく、居場所というものをつくるのも難しかったようです。“大勢より少数”という発想は、そういったところから生まれたようです。

“大勢の中に入れない” マイノリティ 

 相手のなりというのは苦手ではなく、どちらかといえば得意と言えそうなことから、大勢で何かすると言うのもあまり好みではないし、大勢で飲みに行くという発想も気味悪く感じる。個人的な考えかも知れないが、

 “いい年して何やってんの?”

 そんな風に感じる。お酒自体、好きだし、楽しく飲めるなら飲酒自体悪いと思っていない。ただ、いい年して、大勢で飲むさまはカッコ悪いし、見てらんない。

 そんな想い。そんな無駄なことをする位なら、自分のためになにかをしていた方が良いし、家で何かをしていたほうが身のためにも想う。

 

テラリウム (Terrarium) とは陸上の生物(主に植物や小動物)をガラス容器などで飼育・栽培する技術である。 現代でも園芸の一スタイルとして、陸上動物の飼育ケージとして、多くの園館や研究者、アマチュア愛好家によって製作されている。

テラリウムは19世紀の大英帝国の首都、ロンドンで生まれた。発明者は外科医のナサニエル・バグショー・ウォードである。ウォードがスズメガの蛹と一緒に腐葉土をガラス容器に入れていたところ、数ヵ月後に腐葉土から種や胞子が発芽していた。それを見つけたウォードは、この方法なら当時のロンドンの汚染された環境でも植物が育つであろうし、何日も水を与えずとも栽培できる、遠隔地からの運搬も成功率が上がり、手間もかからなくなるだろう、と考えた(ウォードの箱を参照)。

テラリウム - Wikipedia

多肉植物&コーデックス GuideBook

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”御庭番”8代将軍・徳川吉宗が設ける

父の飲酒が幼少期から好きではなかった

 振り返ってみると、飲酒に関して父に問題があったように感じる。幼少のころから、この点に関しては、まったく好きではなかったし、酒を飲む人が好みではなかった。

 普段物静かなのに、酒を飲んだときにかぎって、調子に乗り、変な言動をとる。

 高2から高3くらいの頃か。新宿にあるフィリピン人女性が働く店に、父につれられ向かったことがあった。

 なにを考えてのことか、いまだ分からないが、飲酒に関してもそうだが、息子とは言え、未成年の人間を、そういったお店につれていくのか、分からないところでもあるし、嫌悪感がある。

“気持ち悪い田舎者” とにかく気持ちが悪い

 なぜだか、実の父ですら、そんな風に感じてしまうほど気持ち悪いし、嫌悪でしかない。

 逆算すると、当時父は43歳。いまの自分は45歳。

 どうか。自分はこんなことをしない、そんな発想は微塵も無い。どうか。この点に関しては、父を軽蔑しているし、くそカッコ悪いとそう想っている。なにが問題なのかというと、隠れてやってれば、自分も気づくことはなかった。にもかかわらず、ウチの父はなんだかよく分からない店に連れて行ってしまった。

 “バカに違いない”

 軽蔑される対象。バカな親だ。毒親の一種。

 やはり、外は気持ち悪いので、当分の間、お庭番をすることに決めました。 

 

御庭番(おにわばん)は、江戸時代の第8代将軍・徳川吉宗が設けた幕府の役職。将軍から直接の命令を受けて秘密裡に諜報活動を行った隠密をさした。

諜報活動といっても、実際には時々命令を受け、江戸市中の情報を将軍に報告したり、身分を隠して地方におもむき情勢を視察したりしていた程度だといわれている。その実態としては、大目付や目付を補う将軍直属の監察官に相当する職であることがうかがえるが、一般にはいわゆる間者や忍者の類だったとする御庭番像が広まっており、時代劇や時代小説などではそのような描写が数多くなされている。

御庭番 - Wikipedia

TOKUGAWA 15(フィフティーン)  徳川将軍15人の歴史がDEEPにわかる本

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自分を尊重する、結果的に相手も

マイノリティが理由 相手なりが過ぎ問題

 自分とそれ以外という考えで良いのではないかと、ようやく考えられるようになった。それも、ここ数か月のこと。それまでは、あまりにもまわりを気にし過ぎていたところがあり、自分よりも相手に重きを置きすぎてしまった。それにも、理由は合って、マイノリティであることにより、孤立しやすかったことから、そのつどの相手に合わせすぎていた事が、原因になっているのだろう。マズいこと。

 さすがにマズいので、“自分とそれ以外”という考え方大事にして行きたいと思っています。たとえば、“独我論”と言ったものがあるのだとして、どのようにして考えて行けば良いのか。

通信には必要な考え “独我論”“見切り発車”

 通信の時代には、なおさら必要な必要な考え方といえそう。なんでも、見切り発車で良いと考えており、そもそも、みな正解が分からない手探り状態のなかで物事と向き合っており、正解と想われること時間をかけて用意したところで、それが正解なわけはない。時間だけがムダになってしまう事がほぼ。

 だとすると、見切り発車ではじめ、反応をみる。それを踏まえ、手直しなりして、また、アウトプット。また反応....繰り返す中で、みなが納得するような、正解らしいものができ上がるはず。これなら、時間だけがムダになることもなければ、みなも納得するはず。

 “俺か、俺以外か。”といった自分を大事にした上で、相手も尊重し、その反応を見て、対応策を考え、また、アウトプット。これを“独我論”というのなら、そうなのだろう。

 まず、自分を信じることから。尊重すること。それから相手を。

  

独我論(どくがろん、英: solipsism ソリプシズム、独: solipsismus ゾリプシスムス)は、哲学における認識論の見方の一つで、自分にとって存在していると確信できるのは自分の精神だけであり、それ以外のあらゆるものの存在やそれに関する知識・認識は信用できない、とする。

唯我論とも。ラテン語のsolusとipseの合成語で、英語だと前者はalone「~だけ」、後者はself;himself,herself,itselfなど、「自身」;「彼、彼女、それ自身」を意味する。

独我論 - Wikipedia

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